プロフィール
古俣愼吾(Shingo Komata)
防災ジャーナリスト
経歴:
1945年、中国生まれ。新潟市出身。中央大学法学部卒業。広告代理店勤務の後フリーライターに転身。週刊誌、月刊誌等で事件、エンターテインメントものを取材・執筆。2000年頃からビジネス誌、IT関連雑誌等でビジネス関連、IT関連の記事を執筆。2006年から企業の事業継続計画(BCP)のテーマに取り組んでいる。

更新情報

Ask! BCP(事業継続計画)支援

路線バスの無線機が避難住民の命を守った

 東京都江東区に本社と工場を持つ合板メーカー(社員160人)は、2010年秋に首都直下型地震を想定したBCPを策定した。その際、社員の安否確認や重要な顧客との連絡手段を携帯メールで行う仕組みを作っていたが、今回の震災ではまったく機能しなかった。その反省に加え、フォークリフトが行き交い、完成した製品が山と積まれた工場内の情報伝達と緊急避難を確実にするため、業務用の無線機を12台本社と工場に設置することにしたという。大規模災害への危機管理対策として、複数の通信手段を確保することは必須の条件であるし、それは確実に日常の業務の改善にもつながる。
 今回の東日本大震災では、思わぬところで無線機が住民の命綱として役立っていた。
 3月11日の地震で、宮古市の重茂(おもえ)半島の太平洋側の集落から北に通じる橋と南へ抜ける道路が決壊し、姉吉、千鶏(ちけい)、石浜、川代の4集落が孤立状態になってしまった。しかし、たまたま岩手県北バスの路線バスがこの地域を通りかかり、地元住民を乗せて高台へ避難。津波の被害を免れることができた。
 地元の消防団は、「バスを災害対策本部として使わせてほしい」と要請し、バスに備えられていた無線機で安否確認や物資不足、死傷者数、被災状況などを本部へ送り続けた。車内は電気がつき、暖房もあったので、けが人の収容場所としても利用できた。13日に海上自衛隊が小型ボートで石浜に到着するまで、2日間、バスの無線機は住民のライフラインとなって機能したという。
 都市の地震で停電、断水、建物崩壊、設備の破損、社屋の破損、商品の落下、機器の転倒、エレベーターの停止、電話の不通などが起こっても、無線機を使えば社員の安全、オフィスや工場の被害状況を即座に把握できる。安心して次の行動、対策に移ることができる。業務改善やサービス向上に役立つ無線機の活用を検討しておくことが、いざというときにも役立つのだ。無線機は防災食、飲料水、宿泊用毛布などと同じように、有事の際の必需品、ライフラインとして柔軟な活用法が考えられてもいいのではないか。
ただ、生きたシステムにするためには、他のBCP項目と同じように「演習」が不可欠である。いざというときに機能するよう定期的にチェックし、普段から使い方をマスターしておく必要がある。

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